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久々の投稿になります。今回の話は少し重たい内容かもしれません。

先日、とあるところから演劇ワークショップで教えてくれないかというお話がきました。個人のワークショップならお受けしようと思ったのですが、主催の団体での演劇ワークショップだったためお断りさせていただきました。

理由は、その団体様と私の演技を教える方針がおそらく違うのではと思ったからです。俳優を育てるという意義で作られておられてとても素晴らしい活動だと思います。出来れば私もそこをお手伝いできれば良かったのですが、私には少し無理かなと思いましたので残念ですが辞退させていただきました。

ここで私の辞退した理由を書くと、一方が良くて一方が悪いという内容に見えてしまうので控えますが、私の演技を教えて貰った時のお話をさせていただければと思います。

私が初舞台を踏んだのは22歳の時でした。演技を学んで一年半後にようやく初舞台を踏みました。引越し屋1という役で、セリフも5つ6つほどの役でした。この初舞台の評価はどうだったのかあまりよく覚えていませんが、芝居を始めて2年目にとある公演で外国人の通訳の人の役を演じた時の評価がとても良かったのでそれはよく覚えています。台詞はこれも5つ6つくらいでしたが、本当に外国人独特の通訳ぶりを見事に演じていたと評価されたことがありました。公演が終わった後に、先輩と役について話す機会があり、その時、私はノートにいっぱい書いてそれを基にどうやって演技するのかを考えてましたと言ったことがあったのです。するとその先輩は、そんな役でそこまで考えなくてもと…と私のやり方がやや大げさなものだという印象を持たれたのですね。

しかしこの作り方が私の演技プランを作るベースとなり、主要な役どころになってもノートにぎっちり書いて稽古に臨んでいました。周りからすると、私が演技上、何故そう動くのか、また、どうしてそういう言い方をするのか不思議がられることが増えました。

台本にはない答えを稽古で出していた

台本には書かれていないけど、作品としては筋が通っているという演技プランを見つけることが出来るようになっていました。これには10年ほどかかりました。最初は5つ6つほどの台詞の役だったので、なんとか出来ていましたが、主要な役になるにつれて台本を読む時間はたくさん増えました。初見で読んだ時、3週間ほどかかった時もありました。このように読み解くことが本当に遅かったので、途方もない作業をしている感じでした。しかし10年の月日が経ち、いつの間にか同じ作業でも3日ほどで出来るようになったのです。

周りからはこだわりのある演技をしているようにも見られていたので、本番前に私に話しかける人も少なくなりました。

今日は自分はどこまでできるのだろうか・・・?

そう思っていつも舞台に上がっていました。常にギリギリでやっていたので、最初の10分を持ちこたえたらなんとかなるというような暗示もかけていたほどです。何回も同じ演目のお芝居もしていたので、大体展開は掴めているはずなのですが、いつも流れが違ってくるので、思った通りに進行することは殆どありませんでした。その中で、私は芝居というのはベストを求めてはいけないんだなということも学びました。ベストを求めてしまうとどうなるのか……それは、今を生きることが難しくなるからです。

人間は失敗してしまうと、どうしても「しまった!」と思ってしまい、過去に捕らわれてしまいます。そうすると次々に展開するタスクをこなすことが非常に難しくなるのです。ですので、舞台で今を生きるためには、最善を求めることが何より大切なのです。間違っても、「次!」「次!」と直ぐに切り替えられるようにすることが大切なのです。こうすることで、テンポの悪い展開であっても、自分が出てきたら良いテンポに戻すことが出来たりというような、空間をコントロールする方法も得ることが演技だということも分かりました。

何か演技の知ったかぶりをしているような言いっぷりで誠に恐縮ですが、つまり何が言いたいのかというと、私にとっての演技というのは、時間をかけて時間をかけて作ってきたものばかりでした。

私の俳優養成講座で、演技プランの作り方をお教えした時に、この100ページ近くある台本をそんな読み方で読んだら1ヶ月くらいかかると思うんです。それでもするんですか?と聞かれたので、私は率直に、私もやり始めた時は三週間くらいかかりましたとお答えしました。

これから真剣に俳優を目指す我門下生でも、そう思うくらいなので、これから演劇を始められる方からすれば、本を読むのに3週間かけるなんてバカバカしいレベルなのかもしれません。そういうふうに思われる気持ちもよく分かります。ただ、私の場合、最初はちょい役だったのが幸いで、徐々に主要な役が回ってきたから、そのような作業は苦にならなかったのかもしれません。今思うことは、最初から主要な役についていなくて良かったなと思うのです。

職人の世界は、どの世界も技を取得するのに何年もかかるものだと思います。手に馴染む。身体が覚える。これは演技でもまさしくそうです。演技で難しいのは、他の職人の世界とは違って、お金をもらって修行が出来ないということ。見習いであっても賃金は出るところがほどんどですが演技はお金をもらいながら得られるという環境はそうありません。ですから、他のバイトをして何とか演技を習得するという方が殆どだと思います。1年2年ですとまだ大丈夫かもしれませんが、これが5年10年になると辞めていく人が殆どだと思います。それは普通のことです。

演技を習得するのにどれくらいかかるのか人それぞれですが、私の場合は10年かかって漸く入口に来たというレベルでしょうか。30年経ってる今でも、演技の何たるやなど分かってもいないレベルです。それくらい、演技というのは習得するのが難しく、また誰にでもできるものではない崇高な技術であると感じております。

もしお教えするのであれば、余すことなく今知っていることを全部教えたい。その環境は、私どもの俳優養成講座でしかないかな…と思うのです。つまり、芝居の目的や取り組み方が違うところではなかなかお教えできるものではないように思えるのですね。私のお教えしている内容は、あまり大した内容には思えないのではないかと思うのです。それをして何の意味があるのか?そう思う人が殆どだと思います。

お教えするところで、それぞれ大切にするものがあります。その大切なものが違うと教わる人も大変だと思うのです。私の技術を部分部分で簡単に教えることは出来ますが、ベースが分かっていなければ、常に教えを乞うような展開になるのは目に見えているのです。ですので、色々なところで出演をしますが、そこで先輩だからと言ってお教えすることもしません。もし教えを乞う人が出てきても私は「自分がそれで良いと思うなら、それでいいんじゃないかな」というスタンスです。ある意味冷たい言い方に聞こえるかもしれませんが、芸術は自分で生んだものを表すことが何よりも大切ですから、まずは自分の思った通りにするということが基本中の基本なのだと思います。

そうして、自分でああでもないこうでもないと模索していくものです。そういう意識で芝居に取り組んでいると、ふとした時にアイデアが飛び出てきたり、今まで見えてこなかった光景が眼前に広がるのですね。そうして、みんな同じようにその道を歩んでいくものだと思います。

色んな道があるのですね。

最後までご覧いただきありがとうございます。

劇団道化座に13年間所属し、日本各地、海外公演に数多く出演。道化座退団後はフリーで演出・俳優活動を行う。「社会に寄り添う演劇」を掲げ、2019年に劇団ブルアを設立。同劇団代表を務める。現在の演劇活動として、演出業、俳優業だけではなく、関西各地で演劇のワークショップで演技指導も行う。出演回数は400ステージを超え、実践的な演技指導が持ち味。またスタニスラフスキーシステムを独自にアレンジしたブルアメゾッドを作り、「身体動作から感情を誘発させる」演技術を展開し、リアリティーのある演技を追究。「役の人物を介して自分を表現する」「自己探求」などを念頭に演技向上を図り、ありのままの魅力的な自分で勝負する独特の演技コンセプトが好評を得ております。

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