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本演技力会話力Blogを書いて2月で5年になります。グーグル検索でも演技○○でお調べになるとどの記事も上位にランクインし、今ではお陰様で累計で1500万PVご覧いただけました。今後もBlogをと考えているのですが、以前と比べると頻度が落ちているので、まだまだ発信していかなきゃと気を引き締めております。

Blogを書いてから多くの方ともやり取りをするようにもなり、演劇以外でも普段の会話に役立ったという嬉しいご感想も賜りますが、実際に俳優として舞台に立っておられる方々とのやり取りは数人程度。舞台の現場でお役立ていただきたいところではありますが、なかなか受け入れていただけてるという印象は正直あまり感じられません。こういった演技論になりますと色々な手法がありますし、また、どうしても厳しいことも申し上げてしまうことになるので、このあたりも受けいれられないと言ったこともあるでしょうね😅

ですが、演劇の世界の現状は、世間のほとんどの方が演劇を観に行ったことがないことを考えますと、現状でOKとは絶対になってはいけないように思いますので、ここをご理解いただける人にしか受け入れられない内容にはなっているかとも思います。そう考えると、何ら実績のみえない一演劇人である私の言葉の重みは軽く、正しい位置で意見を申し上げているとは思ってはおりませんので、このあたりがBlogを書く時のジレンマではありますが、響く人に届く内容であればと考え、大変烏滸がましくも、このような活動を5年間も続けさせていただきました。

さて、不肖私の拙いBlogではございますが、今回は根本的なお話『演技論』について勝手ながら申し上げさせていただきます。私の思う演技論。それは一口に言いますと

人の心を動かす技術

だと考えております。多くの方はおそらく演技という技術は表現する技術だとお思いになられているのではないでしょうか。このように演技を観られているのは決して間違いではありませんが、ここに一つのこだわりを申し上げますと、演技を語る時に「伝える表現」と「伝わる表現」があると言うことをまず申し上げなければならないということです。例えば、朗読で、とてもきれいに読まれる人がいるとします。表現方法を駆使して、観客にお聞きいただいてますが、でも……どこか観客の心には届かない。言葉は流ちょうで、美しくお話になられているのになぜか心に響かない。言い換えると

「演技」はお上手だけれど、感動しない

どうしてこういったことが起きるのでしょうか。それが実は先ほど申し上げた「伝える表現」と「伝わる表現」に繋がってくるのです。

ここて申し上げた例の「演技」はお上手な人だけれど感動しないということ。これは「伝える表現」を駆使して「演技」を磨いている人です。

なぜそれが言えるのか?

それは、演技だというのがお客様に分かってしまっているからと言えるからなのですね。

このカラクリを説明すると、その「演技」をしている人というのは、表現に磨きをかけて「演技」をしているため、その奥にある動機が「自分色」を付けたモノになってしまっているのです。おそらく表現に磨きをかけるということは、ここは美しく言えば、美しい情景を思い浮かべてくれるいう意図があるのでしょうけれど、その美しい情景を思い浮かべた時の心は残念ながら伝わらず、美しく話しているなという少し冷めた「表現者の動機」を感じ取っているのです。ですから、美しい表現で演技が上手いとなっているのです。つまり、表現者の動機が伝わってしまっているのです。

人は伝えようとするとその人の動機が透けて見えます。例えば、セールスマンでもそうです。ものを売りたいという動機があればあるほど、商品のメリットの説明をしきりにするのです(笑)

お客様はその説明よりも、

この人よっぽど私に買ってほしんだな😂

というのが伝わるのと同じで、表現者も自分の意図でこう見てもらいたいと思えば思うほど、表現者の動機が観客の皆さまに伝わってしまうのです。こうした「伝える表現」というのは、実は演技ではありません。「演じているつもり」なのです。そう、多くの方々がお思いになる「演技」なのです。巷では、演技のイメージは『嘘』のイメージが強いのではないでしょうか。 

あの人「演技」してるな😎

というのは、

心にもないことを

とイメージを持たれる方がほとんどだと思うのです。その言葉だけ取ってみても、演技というのが誤解されていると私は思っているのです。

私の思う本来の演技というのは『伝わる表現』実はこれ一択。

「伝える表現」というのは、残念ですが演技ではありません。こういうと分かり難いかも知れませんが、伝えるだけなら誰でもできることなのですね。つまり技術でも何でもないのです😅 幼稚園のお遊戯会でもできるのです。このように言うと園児に失礼かもしれませんが、でも初歩の段階で演技を誤解されている。そのような風潮があるように感じます。

ですがそれは世間様のお思いになられることなので、そのことについては何も問題はございません。困ったことに、これを今舞台に立たれている方の中で、この事をよく理解していない方が残念ながら多くお見受けされるということなのですね。

本来ならば、そういう人は舞台に上がってはいけない。ですけれど、それが現状では罷り通っているのです。こういう繰り返しを経て、世間は演劇から距離を取られたのではないかと私自身は思っているのです。勿論、素晴らしい作品を提供されている舞台も大勢ございます。ですから一概には言えないのですが、それでも演技の磨いてから舞台に立って欲しいというのが私の切なる願いでございます。誰でも彼でも舞台に立てる環境が今は多くあります。

勿論私自身も多くの方に演劇に触れあってほしいと思いますが、すぐに舞台に立てるということとは別問題で、しっかりと演技を学んで、プロの指導の下で舞台に上がることが何よりも大切なことだと思います。

その上で、申し上げると本当の演技というものは「観客の皆さまが自分の表現でどのようにお感じになるかまで責任を持つ」という技術ではないかと私自身は思っています。このように考えるからこそ『伝わる表現』にこだわりたくなるのですね。

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