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どうして、楽しいはずの演劇が楽しめないのか……?それは、間違いなく役者のとしてのスキル不足。何のプランもなく、ただ台本に書いているセリフを元に雰囲気だけで演じている。人のセリフも自分のセリフのきっかけにしか聞こえず、心動かないまま自分のセリフに重きを置いて表現してはいないだろうか。ここに演技という技術的な要素があれば、稽古の段階で演劇を楽しめるはずなのですが……。

私たち俳優は人の心を動かす演技という技術を持っているはず。ですがこの技術を持って舞台に上がっている人は果たしてどれくらいいるのでしょうか。それが今の演劇の現状だと思います。客席は、演劇関係者か自分のご家族やお友達。演劇を純粋にご覧になられる方は本当に少ない。

舞台を観たい<舞台に立ちたい

というのが今の現状。これを打破するには、やはり演劇の質自体を上げなければいけないように感じます。ですが、「お客様の観劇までに、予定を空けていただいて、劇場まで足をお運びいただいて、それでチケット代金までいただくので、観に来て良かったと思える舞台を」という流れだけではいけないようにも思います。世の中には手軽に楽しめるコンテンツも出だしているので、劇場に足をお運びいただけるお客様の動機を私たち演劇人が作らなければならないように思うのです。つまり、演劇の質だけではなく、演劇は様々な面で面白いという発信もしていかなければならないのだと思います。

稽古ではめちゃくちゃ厳しいのは当たり前。普段の演技練習にも相当な労力を求め鍛え上げられた演技を追究します。また普段のパフォーマンスを見てその人相応の役を割り当てます。ですので主役に立つ人間であれば、その主役に相応しい人格まで求めます。さらにさらに自分が作品に携わり、面白いと思えば、お客様を積極的に呼ぶのは当然ですし、その行動や態度も、その人自身の役者の値打ちとして現れますので、そこも見ます。厳しいことを言っているようですが、

と疑念を問われるような残念な役者を作ってはいけないからです。舞台人はテレビには出ないので、有名人ではありません。有名人なら観に行こうかとなるけども、誰かもわからない舞台を観に行くということはまずありえません。だから、自分がまず何者なのかを発信することもいるでしょう。そうしてお一人おひとり応援していただける方と繋がれるようにすることも役者の仕事です。

こうして今、しなければならないことをたくさん述べ、厳しいことも申し上げましたが、ここからこういう考え方が出来るのではないでしょうか。

繋がって下さった方々がご観劇下さるから、必ず良いものをご覧いただきたい‼

こういう流れを自分の中で作れば、きっと演劇活動は今よりも数段楽しくなるはずなのです。演技は技術。技術習得には必ず、苦が待ち構えています。その苦を乗り越えるエネルギーがお客様お一人おひとりのお顔であってほしいのです。役者ならば普段から演技の練習をするのは当たり前。その当たり前が出来ていないから、演劇活動が楽しくないのです。

自分でこれ以上できませんというところまでもっていこうよ。辛いこと、厳しいことを言われたからって、そこのことで怒りが込み上げてくるなら、自分の表現にエネルギーを昇華させようよ。折角の怒りエネルギーを言われた人にぶつけるなんて勿体ないよ。

このことをいち早く知ることが、素晴らしい演技者への扉なのです。独り善がりだから面白くないんです。誰の心も動かしてないんです。自分の表現で周りの心が動くからこそ面白いんです。こういう当たり前のことが当たり前でなくなっているから、おかしなことになっている。周りの心を動かせるには、自分の心が動かなきゃダメなのです。だから演技は人を動かす技術と。自分も人。自分の心を動かすためには心の汗が必要です。心の汗は、人が経験してきた様々な苦を癒やす効果がある。その汗をかいた人にしか現わせない表現がある。その表現こそが最も演劇を楽しくさせてくれるのです。苦楽。一切行苦。自分を鍛える意味はそこにある。鍛えたものにしか分からない場所。そこに行けば面白くなるから。

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