
私たちはどうも一生懸命が出しにくい状態になっているのかもしれません。
このように言うとまた変なことを言ってるなと思われそうですが、表現をする時に、自分で出し切ったという感覚があると思っていても、周りから見ると「いやいや。まだまだ余裕があるよ」と思われることって本当に多いんです。
勿論表現をする当のご本人は一生懸命やっている。
ですが周りから見ると
やってるつもりに見えてしまっている
こういう現象は本当に多く見られます。
本人は一生懸命やってるつもりでも、実際には一生懸命にはなっていない。どうしてこういうことが起きてしまうのでしょう。
私はこの答えについて思うことがあります。
しかしこれは実践でやってきた人間にしか分からない部分かも知れません。
私は若い頃に、「もっと一生懸命にならんかい!」と何度も言われました。
ですが、自分では勿論一生懸命でした。
これ以上でないとまで思っていましたが、それでもしつこくしごかれました。
手を抜いてたら、芝居は一生上手いことならんぞ!
別に手を抜いている訳ではないのに、理不尽に言われているように思いました。
そして、ある稽古の時、連日の稽古に体力も消耗、何回も何回も同じダメ出しを貰って、あまりの理不尽に怒りが爆発し、稽古中、その怒りが演技表現に出てしまったのです。
その時にお師匠さんが
それで良いんじゃ!
と。
その言葉を聞いて、怒りの感情がスッと治まったのです。
これくらいのことが出来なくてどうするんじゃ!こっちも憎くて言うてるんやないぞ!もっと自分でコントロールせい!
と・・・・・・。
稽古が終わって頭を冷やそうと夜中近くの公園に行って、先ほどの稽古を振り返る。
怒りに任せたあの表現は、あそこの場面では相応しくないのに、どうしてそれで良いと言われたのか?
その時はいくら考えても分からなかった。
そして次の稽古の時に、また同じシーンをやってみせましたが、それからは一生懸命にしろというダメ出しが出なくなりました。
これは今になるととても簡単なことなのですが、当時の若い私には全く分からなかったのです。
ではどうしてダメ出しが出なくなったのかということですが、それは、お客様にお見せするという気概がなかったということ。
自分は何のために舞台に立っているのか、その根本を失っていたからなのです。
舞台に立つ人間は、お客様に上質なものをお見せするという使命があります。
その使命を忘れていたのですね。
本来はもっと一生懸命にしろと言われた時、私はこれ以上一生懸命に出来るわけがない!と言いきれていただろうか。
否、きっと言えなかったのだと思います。
けれども、一生懸命にしろと言われて、怒りでそれに応えた時に、「これ以上、一生懸命出来るか!」と断言できるだろうし、その時に一生懸命になれというダメ出しは来なかった。
つまり、やる側も、観る側も真剣勝負で戦ってるんだから、相手に礼を尽くすなら、真剣勝負でやらなきゃ駄目だったのです。
しかもその行動は私にとっても悪い行動だったとも言えます。
自尊心が高ければ、自分のパフォーマンスに自信を持っていたからです。
自尊心を下げる行動をしていたのは私だったのです。
それ以降、私は、自分が一生懸命に出来ているかにこだわりました。
ちょっとでも上へ、ちょっとでも上に行きたい。
その時、私はこの怒りがかなりの武器になったのです。
私の育った環境は常に怒号が鳴り響いていました。
特に本番前は凄かった。
その怒号に負けじと自分の気も上げていったんです。
それが普通でした。
ですが、そういう環境ではなかなか人は続かない。
そういう問題もありましたね。
私はこうして先生方から本気にさせて下さった。
それは今から思うと、とても貴重な経験をさせていただいたように思います。
ですから厳しい環境下でも舞台に立てることが出来たのだと思います。
自分がどうしてできないんだとという怒りにかえて、常に目の前の壁に当たってきた。
自分への怒りこそが自分を成長させたと言っても過言ではありません。
自分はこんなはずじゃない!俺らしくない!
こうして常に背水の陣で臨んだからこそ、人にお教えできるものを沢山得られたのだと思います。
奮起しようじゃないか!もっと自分に怒れと。

さいとうつかさ
劇団ブルア 代表
劇団道化座に13年間所属し、日本各地、海外公演に数多く出演。道化座退団後はフリーで演出・俳優活動を行う。「社会に寄り添う演劇」を掲げ、2019年に劇団ブルアを設立。同劇団代表を務める。現在の演劇活動として、演出業、俳優業だけではなく、関西各地で演劇のワークショップで演技指導も行う。出演回数は400ステージを超え、実践的な演技指導が持ち味。またスタニスラフスキーシステムを独自にアレンジしたブルアメゾッドを作り、「身体動作から感情を誘発させる」演技術を展開し、リアリティーのある演技を追究。「役の人物を介して自分を表現する」「自己探求」などを念頭に演技向上を図り、ありのままの魅力的な自分で勝負する独特の演技コンセプトが好評を得ております。さらに、自身のBlog『さいとうつかさの演技力会話力Blog』は1500万PVを超え、多くの方々から支持を得ております。