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役者の勉強会「いわゆるえんげきの会」は関西の芸能事務所や劇団の方々が団体の垣根を越えた役者同士の勉強会で、昨年で10年になりました。只今は西宮の貸会議室で演技の勉強をしており、会員は11名です。この勉強会を作ったきっかけは、純粋に演技の勉強ができる環境をということで作りました。

昨今では、演技探究する場自体があまりなく、多くの役者の方々が公演のための稽古だけに留まり、昔から教わる演技自体を知らないまま、舞台に上がっている役者が増えたことに危機感を募らせたのが始まりでした。演技への誤った認識が多く、演劇がよりつまらないものへと向かっているのではないかと。実際に、多くの演劇は誤解されたものとなっていて、現状演劇の世界では、間違いなく

になっているのは誰の目から見ても明らかなのではないでしょうか。ですから、演劇ビジネスは今や、観たい人へのニーズではなくて、やりたい人へのニーズの方があるように感じます。

勿論、中には、「観てみたい演劇」を作られてる団体もありますが、そういう劇団は本当に極わずかで、多くの演劇団体の公演には、出演者の親族やお友達、または知り合いの演劇関係者の方々しかほぼほぼ観に来られないという現状があるかと思います。残念ながら私たちの劇団もそのような状況で、これは何としても打開しないといけない問題だと感じております。

つまりこれはどういうところに問題があるのかというと、自分たちの知り合いだけのコミュニティーでやっているので、社会に必要とされる演劇とはなっていないと言えるのではないでしょうか。ここに本当の問題があるように思うのです。

例えば、私たち演劇団体で自ら劇場を持っているところはほぼほぼありません。となりますと、私たちは民営の劇場や公共劇場に依存している状態になります。ですが、劇場の稼働率が少ないとなると経営が悪化したりして、劇場そのものの存続が厳しくなることもあるでしょう。

ここで、もしも劇場の老朽化が進み、改築、建て替えを話が出てきた時に、現状では劇場の存続は益々苦しくなるのではないでしょうか。例えば、公共施設などは、市民、県民の皆さまの意見が反映されますので、稼働率の低い一部の人にしかご利用されない公共施設は本当に必要なのだろうかということも必ず、話し合われるでしょうし、少子高齢化の進んでいる地方自治体でしたら、それよりももっと身近な問題に対応すべく予算を使わないといけないことでしょうから、よりこのような文化施設の存続は厳しくなる一方だと感じますし、現に、少なくなっているのです。

劇場の存続をといことで、署名を集め存続を訴える活動も大切だと思います。ですが、そういった文化を大切にしたいというのであれば、私たち演劇人はもっと文化を発展させたものにしていなければならなかったのではないだろうかとも思う訳です。もしも文化を発展させる意識で、演劇に取り組んでいたならば、もう少し市民や県民の皆さまから理解を得られたのではないかと考えると、私たちの普段の活動自体に問題があったのではと思わざるを得ません。

その問題とは様々なものがあるとは思いますが、私が感じる問題は何と言っても、

演劇自体の質

これが一番の問題だと思っているのです。本来演劇というのは物凄い芸術です。

ですが、実際に演劇をやってらっしゃる方の中で、演劇というのがもの凄い芸術だと思ってらっしゃる方は果たしてどれくらいおられるのでしょう。

そもそもなぜ演劇は凄いのか?

ここからまず知らなければならないように感じるのです。どうして演劇という芸術は凄いのかは、海外をみればよく分かります。海外ではエンターテイメントだけではなく、国を動かす社会現象まで引き起こすものであるということが多くの方々に知られています。だから海外の演劇が発展している国には、『観たい』と思わせるような俳優を養成する機関がたくさんあるのです。明治時代の近代演劇が入ってきた時も、実は日本でもそのようなことを知っていた人は多かったのです。日本の有名劇団にも研究所があるのはそういうことです。本来はこういう機関がいるのです。ここで間違えてはいけないことは芝居をしたい人のための養成機関ではないということ。

一つの作品を大勢の観客が見守り、劇場全体が共感する。このエネルギーがもの凄いパワーとなって、観客一人ひとりに備わることを知っている。つまり、生きる活力の源泉となっていることを知っている演技研究機関です。

それが、テレビやインターネットなどの娯楽に変わり、徐々にその素晴らしさが忘れ去られていった。より手軽に、より便利に。そのような利便性の代償として、私たちはこのように直に感じるエネルギーを手放してしまったのかもしれません。人間は本来、共栄社会の元で生きる本能的なモノを持っている。その本能が、段々と利便性によって徐々に忘れ去られたものとなっているのかもしれません。そうしたことが、今の社会の歪みをもしかしたら引き起している。私さいとうはそのように感じるのです。

物事には表と裏が必ずある。便利を手に入れると、必ず何かを手放している。私は今の世の中を見て、段々と人間そのものが大事なものを手放しているように感じています。歴史から見ても、演劇の重要性はあきらかです。本当はその、とても重要な芸術を私たち演劇人が担っているのです。

ですから、もしもこのような考え方が出来るようになれば、もっともっと目を外に向けて発信できやしないだろうかと思うのです。演劇ってもの凄く素晴らしい芸術なのですよと心の底から感じていたならば、多くの方々に知っていただきたいと思うはずなのです。ですが、如何でしょう。私たち演劇人は心底演劇ってもの凄いと感じているのでしょうか。

自分たちの知り合いではない一般のお客様がご覧になられる環境ならば、一度つまらないものをお見せしたらもう二度目はありません。私たちは本当にそういう世界で戦っていますでしょうか。

私はもしも本当にそう思うのでしたら、必ず演技を学ぶと思うのです。

自分たちの感性を本当に引き出してくれる技術。これが本当の演技です。このことを知っている演者は果たして今、どれくらいおられるのでしょうか。演技は表現する技術。そう思って演技をしている人が多い。これですと、一般のお客様は誰も私たち演劇人を相手にはしなくなります。

演技は人の心を動かす技術です。

演技は表現する技術だと考えてしまうと表現テクニックだけに意識が行きます。ですが、この考えの答えはどこまで行っても、「自分はやってるつもり」なのです。

ですが演技は人の心を動かす技術だと知っていれば、お客様が自分の表現をご覧になって、どのようにお感じになるかまで責任が持てるようになるのです。つまり「演劇ごっこ」の世界から抜けられる考えが出来るのです。自分の表現が、観ている人にも、または共演者にも、そして自分にも心に響くと影響力が生まれるのです。

ですから、まず自分の心を動かすこと。自分の心を出来るだけコントロールすること。これが出来ないといけないのです。

しかしこれが出来る人って本当に凄くないですか。ですから役者ってもの凄い技術を持った人なのです。

私たちは自分の心に嘘をつくことは出来ません。もしも自分の心に嘘があるのなら、その嘘を払拭するために、自分の心が動く術を絶対に知らなければならないのです。この技術が演技なのです。このことがあまりに知らなさすぎる。これが今の演劇の問題だと感じております。「演劇ごっこからの脱却」。それがこの「いわゆるえんげきの会」という役者の勉強会を作った理由なのです。

10年経っても、まだまだこの活動は終わらない。演技の奥深さを理解することこそが今の私たち演劇人のやるべきこと。自分の心で現実世界を作ろうではありませんか。