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私は演技をお教えして15年ほどになりますが、教え始めた時と今の演劇の環境はあまり変わっていない印象があります。

僭越ながら演劇を変えたいと思っていた。今も勿論、戦い続けています。

自分たちがやりたい芝居ではなくお客様が観たい芝居を作る

ですので、演劇一番の魅力である俳優力を身につけることが至上命題なのですね。ですがなかなかこの考えは浸透しません。

その間、知り合いの演劇団体は次々となくなっていき、今も団体の後継者問題を抱えているところは多いのではないでしょうか。

私の劇団もそうです。次の世代へと繋がる活動は思っているよりも遥かに難しいということをこの15年間で感じました。

一番難しいのは継続。これは本当に難しい。

毎日同じことをしている。10年も経つと環境が変わるのが当たり前ですから、始めた時の情熱が違う方向へ行くこともやむを得ないと感じることも分かります。けれども、私は本当はそうではないと思っていて、みんな各々選択肢があると思って生きていること自体が少しおかしいのではないかと思っているのです。

自分が選ぶそれ自体は、今までの環境からの情報を得たもので、その情報のとり方も、教え込まれた癖のようなもののように感じるからなのです。私はそれを理性でコントロールされたものと感じています。自分で選んでいるように見えて、実は影響力のある周りの人に左右されて、結局は選ばされているのではないかと。

私もそうでした。ですが、いざ自分の世界を切り開こうとすると、決まって、それを阻止しようとする人がたくさん周りに現れる。

ですので、今の私の周りの人は40歳以降からのお付き合いの方々ばかりです。

正直、自分がしていることが正しいと思ったことはなく、いつも承認欲求があった。そのバロメーターがついてきてくれる人でした。劇団を立ち上げてすぐにコロナ禍となり、活動はほぼ停止状態。勉強会も殆どの方がお辞めになった。ある意味どん底でしたが、その中で残ってくれた方のお陰で今も辛うじて劇団が存続できています。

私は思いました。今までは勉強会や劇団を大きくすれば、人がたくさん集まって大きなことが出来ると考えていましたが、それは間違いでした。人を育てなきゃいけないんだと。コロナ禍でそれを学びました。

コロナ禍ではたくさんの書物を読み、まずは私がたくさん学ばなければと。

そしてその学んだことを自分の経験に照らし合わせて書いたのが今の演技力・会話力Blogです。

勿論どこの馬の骨とも知れない一演劇人の言うこと。最初は全く読まれませんでしたが、段々と読まれるようになり、一時期は、「演技」や「演技 ○○」でググると、ほぼ一番上に私の記事が載るところまでいきました。

勿論、ニッチな世界ですから、このようなことを書く人も少なかったのでしょうけれど、それでも、Blogを見て、コンタクトをとる人は本当に増えました。

オンラインで、または直接会ってお話もしました。直接お会いする場所では、かなり有益な情報もお渡ししました。テキストをご覧いただいた方もおられます。それだけ、私の思う演技について知って欲しかったのです。

ですが、それは殆ど上手くいきませんでした。実際に練習しないと分からないことばかりですので、実感が得られなかったのだと思います。

また演技の練習をしてますので、良かったら観に来てくださいといっても、来ていただけませんでした。実践の演技はその方々にとって、眉唾物だったのかもしれません。

しかし、実際にBlogをご覧になって、演技を学びたいという方は、見学してすぐに入講し、今でも続けられている方ばかりです。

この理屈はとっても簡単です。

実際にやってみたら、びっくりするくらい分かるからです。ここが目からウロコが落ちると言われる所以だと思います。

でも、実はこれでもいけなくて、この実際にお教えしている一つひとつの技術は、一回二回は効果があっても、何回もとはいきません。演技鮮度の持続性がないのです。お薬と似てるんです。効きやすい薬ほど、飲み続けると効果が薄まることってありますよね。

つまり、今困ってることを直すことは出来ても、根本を直さなければ、またお教えする所作に頼らなければならなくなるからです。

ここからが演技の道。自分で反復練習して、自らでその演技にフィットした感覚を研ぎ澄ます。こうして演技の根本を体に叩きこむのです。

これをしなければ、毎回新鮮な演技反応は手に入れられない。だから、演技というのは生涯練習なのです。知識を得られればできるとは考えていないにせよ、実際にやってみても、途中から分からなくなるのはこのためです。継続が難しいのです。途方もない道を歩んでいる感覚になる。

ですから、このような技術を身につけるには、習慣が必要で、信念がいるのです。この信念がなければ、人間は間違いなく、違う方向へ目を向けるように仕向けます。辞める理由を見つける天才になる。

自分を変えようとすれば、必ず止めようとするもう一人の自分が立ちはだかるのです。

つまり変わろうとすれば必ず止める人が現れるようになっている。この戦いをずーっとしてきたように思います。そしてこれからも続くのです。

先日、教え子に「これからが面白くなってきたようにも思います」と言われた。ピンチな時にそれを考えられることが出来る人が周りにも現れたこと。初めてだと思います。

この時、演技を教えているのではなく、道の先をお互いに見ているような感覚になった。そういう仲間を育てたかったのかもしれない。