
10代の若者も気づきだした。今の演劇の問題点。
『舞台を観たい人<舞台に立ちたい人』
客席をみれば、出演者の身内親族、お友達、舞台関係者とほとんどが知り合い。一方、知り合いではない一般のお客様はほとんどいない。
一般の人からすると演劇は『観る機会がない』。有名人が出ている訳でもないし、そもそも知らない人の芝居を観たいとは思わない。これが真相ではないでしょうか。
それを変えるにはやはり演劇の品質向上。演劇はなんといっても役者が命。魅力的な役者が大勢増えればきっと演劇は栄える。応援したくなるような役者を育てたい。
とっても時間のかかる活動だとは思います。けれどもここ30年演劇は必ずしも発展しているとは言えない現状を各々でどう考えるかは物凄く重要なことであると私は思います。
劇団ブルアの俳優養成講座は地方の演劇の発展のために、私さいとうの考えた行動でございます。
兵庫県で俳優養成講座?と思われる方も多いかと思います。何故なら、プロの俳優を目指すのであればみんな東京や大阪へ行って修行を重ねようと思われる方が圧倒的に多いから。ですから、なぜにそんな地方でと思われるかもしれません。
しかし、私は地方とか関係なく、お金をいただいてお芝居をお見せする以上は、やはりプロでなければならないと考えております。ですから、私はプロの技術で演劇をお客様にお見せするのは普通のことだと思うのです。ですが、プロの技術を使って演劇を作られているところは極わずかですし、役者も演技を磨いている環境とは言えません。ただ、公演の稽古に努めているだけではないでしょうか。そんな状態がほぼ常識化しているからこそ、昔からずっと演劇は発展していないのではないかと感じております。
だからといって、もっと演技を学びましょうと言っている訳ではありません。
そういう公演だけの稽古しかしない演劇をこれ以上しないことが今後の発展に繋がるとして、しっかりとプロの演技を学んだ演技者を増やし、舞台を作っていく。こうした自らで環境を変えていく活動をしていければと考えているのであります。
公演の稽古しかなさってない方には、この取り組みはおかしなものに見えるかもしれません。しかし、10年後、20年後、こうしたプロの演技をしっかり学んだ俳優の舞台に立つ機会が今よりも格段に増えたら、少なくとも意識は変わるはずです。このことが理解出来る方々と共に活動出来ればと出会いを求めているのです。その出会いの場が俳優養成講座というわけです。
演技を知らずに、舞台に上がられている方があまりに多すぎる。非常に勿体ないことだなと思います。誰もが、お客様から賞賛を得たいと思うはず。それならば、そういう技術を身につけて、よりその理想に近づくことが良いのではないでしょうか。
それにこれが最も言いたいことですが、私には常に疑問があるのです。それはどういう疑問かというと、
今、あなたは公演に向けての稽古を楽しんでやってますか?
ということ。楽しんで稽古している人が少ない少ない。稽古が苦痛に感じているようにしか見えないのです。その苦痛が楽しいという人も中にはいるでしょう。ですが、行動が伴っていない場合が多分にしてあったりするのです。
例えば、稽古の動画を撮っていたとします。その動画を視返して次はこうしようという純粋な楽しみでさえも、時間がなかったので視れませんでしたなどと言って、折角の動画を糧にして楽しめる機会をうばっている。私はそういうところをみると、信念体系でこの人は楽しんでいないなと感じるわけでございます。
つまり、どこかやらされてるであったりタスクであったりしてませんかということです。これは別に責めている訳ではありません。人間ですから、普通に有ることです。
ですが、ここでよく考えてみて欲しいのです。
何かに没頭することや何かに夢中になることはありますよね。これは何故、そうなるかというと、自分には理解できる。または自分には出来るということだから、先へ先へ進みたくなるものなのではないでしょうか。
演技というものは実は、その先へ先へ進むための手段なのですね。
つまり、演技があるからこそできる。演技があるからこそ理解できる。そういう領域なのです。
この演技がなければ、どうなるのかというと、毎回の稽古がマンネリ化してつまらない。毎回稽古でみんな自分のことで精一杯で台本ばかり見てて、自分の演技を見てくれない。セリフがなかなか入らない。セリフが入らないから動きもできない。人がどういう演技をしているのか関心を寄せることも出来ない。こういう稽古をしててはやはり面白くないのは当然だと思います。
演技というのは戦略を元に実際にどう表現するのかという戦術をを組み立てます。これを演技プランと言いますが、この演技プランは演技者の技術です。周りがどう動いていて、自分の役割がしっかりと見えた上で、どう動くかが求められる。セリフが入らないのは、セリフを覚えようとするから入らないのであって、こうしたプランの元で動いたら自然にセリフが出てくるという流れに持って行けてないからおかしなことになっているだけなのです。
演技プランを考えている人は、周りの共演者の演技が自分にとって死活問題となりますから、穴が開くほど見るものなのです。そうすると、共演者も観られているという意識が高まり、急に手が震えて動けなくなったっりして、極度のプレッシャーを感じるようになる。
このプレッシャーで手が震えて動けなくなるのを悪いことだと考える人がいますが、実は逆で、しっかりと演じている時も、観られているという受信がしっかりとて来ているという証拠で、その上でどう動くかというもうワンランク上の階層の芝居へと昇華できるきっかけになるのです。
つまり、緊張感があるということは何かということですが、みんなで歩調を合わせる楽しみ方があるということなのです。これは表現する楽しみとは比べ物にならないほどの楽しみなのです。
一日一日、歩調を合わせる快感。こうした稽古をしているとマンネリになることはまずありえません。
毎回稽古で自分のすることを考えてきている訳ですから、台本をずっと見ていることもしません。実際に表現している時も、相手の特性を生かして、それをアシストするような演技を駆使すれば、展開力がついてより楽しくシーンを回せたりもする。
演技にはこうした相乗効果があるのです。この演技を学べば、絶対に面白いのです。稽古を務めることによって愛情が芽生えるから面白いのです。ずっと、一つのことを行動していくと、次第に馴染み、それ自体に愛着が湧いてくる。つまり寄り添って行動していくと理由のない情が生まれる。それが愛情なのだと思います。
つまり演技探究の行動は愛情に繋がるということ。この深い愛情を育むと、どこに行っても通用する人間になるのです。深い愛情は強さでもあるということ。さらに言うと、行動を継続出来ている人が愛情深き人でもあるのです。強さがあるから人に関心を寄せられるようになる。今の世の中とは逆行した感じですが、このことを教えるのも俳優養成講座だと思っております。

さいとうつかさ
劇団ブルア 代表
劇団道化座に13年間所属し、日本各地、海外公演に数多く出演。道化座退団後はフリーで演出・俳優活動を行う。「社会に寄り添う演劇」を掲げ、2019年に劇団ブルアを設立。同劇団代表を務める。現在の演劇活動として、演出業、俳優業だけではなく、関西各地で演劇のワークショップで演技指導も行う。出演回数は400ステージを超え、実践的な演技指導が持ち味。またスタニスラフスキーシステムを独自にアレンジしたブルアメゾッドを作り、「身体動作から感情を誘発させる」演技術を展開し、リアリティーのある演技を追究。「役の人物を介して自分を表現する」「自己探求」などを念頭に演技向上を図り、ありのままの魅力的な自分で勝負する独特の演技コンセプトが好評を得ております。
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