相手も用意して話しているのだから自分も用意して聞こう

「相手の台詞を聞きなさい」と演出が俳優に指摘する場合、おそらく俳優のその後の聞き方やその後の動作、またはその後の台詞の返し方が間違っているということだとは思うのですが、要は前から見て違和感のある演技をしてるからそのような指摘を受けるのです。

しかし、演出のその言葉を鵜吞みにしていれば、余計に相手の台詞は聞くことにはなりますが、役の人物として聞くことが出来なくなってしまい、最後まで聞いてしまったが故に、逆に会話のテンポを悪くしてしまうことが往々にしてあるのです。

この「相手の台詞をよく聞きなさい」というのは、相手の台詞をしっかり聞いてもあまり意味がありません。それよりも、私たち俳優は台本を見て話を展開している。つまり、話の内容がもう最後まで分かってしまっている状態なので、話が分かってしまうとこういう現象が起きてしまうのです。それがこの現象です。

スコトーマ(盲点)が出来てしまうということ

これはどういうことかというと、一度内容を知ってしまったら、その内容の理解のもとにしか物事が考えられなくなるということです。普段の私たちは、人の話を聞く時、相手の話の展開を知ろうとします。その時、色んな情報を取りに行こうとするので、理解が進むのですね。でも、一度知ってしまった情報になると、脳は知ってしまっているものに対して「分かっているという前提で話を聞くようになる」。つまり、驚くようなこともなければ、初めて聞いたようにも当然ならないのです。これは当たり前ですよね。こうなると心の動きは当然鈍くなります。皆様もご経験はお有りだと思いますが、同じことを何回も何回も聞いていると違うところに意識が行ったりして、気がつけば全然聞けたなかったということは普通にありますよね。

お芝居の台本はですね。

通常では起こりえないドラマチックな展開になるのが普通なので、話の節々に劇的なポイントが必ずある

のです。しかし、一度台本を読んでしまうと、その劇的なポイントがあるにもかかわらず、前述のように話の内容に慣れてしまって、普通に話を進めてしまうことが本当によくあるのです。

いやいや‼そこでもっと驚く表現をしなきゃこの話はダメでしょ‼

・・・・・これは、劇的な部分が盲点になってしまって見えなくなってしまっている状態なのです。ですので、台本は普通に読んでしまうと、そういう盲点がたくさん出てきて危険なのです(笑) そこで、意識したいのが、

聞く芝居をする

ことなのです。お芝居をやり始めた人でよくやってしまうのが、

「台詞の言い方だけにこだわる」

ということ。

自分の台詞をどのように言うかに意識が行きすぎていて、相手の話が全く聞けていない。つまり、聞く芝居が全くできていないのですね。ただ、演出によく相手の台詞を聞きなさいといわれても、内容を知っている以上、相手の言葉が心に響く訳もない。だから、セリフを聞くことは相手の言葉尻を待つだけというようになってしまうのです。

ですから、相手の台詞を聞く芝居にも意識することで、これが改善されるようになります。つまり、相手は台詞の言い方を決めている訳ですから、

自分も相手の台詞の聞き方を決めれば良いのです

相手の台詞の中で、ここで自分の役の気持ちが動くはずというところを探し出せば、そこから気持ちが動く演技をすれば良いのです。気持ちが動く演技とはどういう演技なのかというと、身体動作から感情を誘発させるという演技術なのです。例えばここで一つ挙げてみますと・・・・

「息を吸う」という動作

が気持ちの初動時に行う動作になるのですね。人は、心が動く前に必ず「驚く」という動作があります。そして驚く時はみんな息を吸います。厳密に言うと、相手の言葉に驚き、驚く時は息を吸うので、それによって感情が湧き起るのです。

具体的に言いますと・・・・・ 

怒りであるならば、相手の言葉に不快な思いもよらぬ言動に驚き「息を吸う」。そしてその息を吸っている間にその言葉に対して自分がどのように感じたかによって怒りが沸いてくるわけです。

つまり、相手の言葉に対して息を吸う動作を入れると聞く演技が出来ているという訳です

相手の台詞の最初であったり途中であったり、最後であったりと色々なところで気持ちが動く箇所があるわけです。気持ちが動くポイントでしっかりと息を吸えば、相手の台詞がしっかりと聞けているという演技に表面上はなっているわけです。・・・・・簡単でしょ(笑) 

相手の台詞の途中で感情が動けばそのポイントで息を吸って、相手の台詞が終わった時に自分の台詞を出すと、これでとってもスムーズに台詞が出てくるようになるのです。何故スムーズに台詞が出てくるようになるのかということですが、ここで実は感情が無意識に誘発されているからなのですね。こういう絶妙なタイミングでセリフが言い合えるようになると、お互いの感情が誘発し合えるようになっていくのです。

これは本当に魔法にかかったかのようになりますよ‼

そしてさらに言うと、普段の会話でも、相手に同調する時、相手の言うことに感情が動きその時に理解を深めるような場合先ほどの息を大きく入れると、相手は無意識にとっても嬉しくなります。自分の話をしっかり聞いてくれているんだな感じれば誰だって嬉しいですものね。こういう動作を入れると話し手は笑顔になりますよ。

この場合のおさらいをすると、相手の言葉に理解出来た瞬間、そういうことかと驚き息を吸う。そして納得が出来た時に安堵して息をゆっくりと吐く。吐く時に「なるほどな~」という感じで息を吐けば、間違いなく話し手は理解してもらえたと確信するでしょう。

もしあなたがこのような息を使ってコミュニケーションを図ると、あなたと話がしたいという人が確実に増えるでしょう。

余談にはなりますが、コミュニケーションは話し方をマスターするよりも聞き方をマスターした方が断然好かれやすくなります。

何故なら、これは芝居のでもそうですが、話すという行為は「伝える」という意味合いがあるために、伝える時の動機が相手に無意識に伝わるのです。例えば、仕事の営業で上手く話したつもりでも、動機が自分の利益だけだと、聞き手はそういうものを感じて距離を取ることにもなりかねないのです。

しかし、聞くことをマスターすると、営業で話をする側であっても、聞き手の話を引き出すことによって、話し手に転じてもらえる。話し手に転じてもらった後に、その人の話を上手に無味摂ることが出来れば、当然、話し手は自分のことを受け入れてくれていると感じるので、話し手自身もこちらを受け入れようとします。こうすることで商品をアピールすることなく、商談が成立することは普通にあることです。これは相互作用が働いているのですね。このような例を挙げるとこういうことが言えるんです。

伝える会話でなく伝わる会話を知っておいた方が、より自分の意図通りに事が運びやすくなるので、交渉事をする際は、必ずこの方法を取ると良いでしょう

伝わる会話というのは、まず相手の話を聞くこと。そうすれば、相手も必ずこちら側に耳を傾けるのです。

以前、お芝居の稽古で自分の意見を通そうとする若い俳優がいました。その俳優の演技プランは誰が見ても、あまり良いものとは言えず、周りの俳優をはじめ演出家までも、頭ごなしに「それはダメだ」というばかりでした。

しかし私は先ほどの方法を使って、その若い俳優と接してみました。若い俳優は、とても目を輝かせて「こうしたら面白いと思うんですよ!」とこちらに訴えかけてくるのです。私は「じゃあ、それをやってみよう」言い、稽古で彼の演技プラン通りに動いてみたのです。

稽古が終わった後、「どうだった?さっきのでしっくりきた?」と聞くと、「ちょっと違和感がありましたね・・・」と正直に吐露してきたので、「じゃあ、今度は私の演技プランでやってみない?」と伝え、次に私の演技プランでしてみたら調子よく出来るようになったのです。若い俳優はどうしてそうなったか分からないとは思いますが、このカラクリはとても簡単で、物事を上手く進めるためには、正解よりも納得の方が遥かに重要で次に向かっての力が発揮しやすいのです。

そこに、色んな視野から考えられた演技プランを入れれば、さほど難しいことではなく、良い風に作用されるのは分かりきっていることなのですね。そんな経験をした彼は魔法にかかったかのように、それからは私の意見を素直に取り入れるようになりました(笑)

さて話は戻りますが、この相手の台詞で気持ちが動く切欠の時に息を吸うとしっかりとセリフを聞いているように見えると先ほど申し上げました。しかし本当はもっと大切なことがあるのです。実はこのように聞く練習を何回も何回も反復していくともっと素晴らしいことが起きるということ。

それは…

今まで相手の台詞が聞けなかったのに、段々と自分の心の中にストンと入ってくるようになる

ということです。そして、相手の言葉がスッと入ってくると自然と感情が誘発されて、それが真のリアリティのある表現に繋がるという訳なのです。これが本質に近づいた演技と言えるのだと思います。このようにお話しすると奥が深いでしょ・・・・・(笑) 

このことが、今回のお話の本丸です。

こういう演技練習をすれば、いつしか台詞を聞きなさいという演出のダメ出しがなくなるばかりか、周りの感情まで誘発させる素晴らしい俳優になることだと思います。

劇団道化座に13年間所属し、日本各地、海外公演に数多く出演。道化座退団後はフリーで演出・俳優活動を行う。「社会に寄り添う演劇」を掲げ、2019年に劇団ブルアを設立。同劇団代表を務める。現在の演劇活動として、演出業、俳優業だけではなく、関西各地で演劇のワークショップで演技指導も行う。出演回数は400ステージを超え、実践的な演技指導が持ち味。またスタニスラフスキーシステムを独自にアレンジしたブルアメゾッドを作り、「身体動作から感情を誘発させる」演技術を展開し、リアリティーのある演技を追究。「役の人物を介して自分を表現する」「自己探求」などを念頭に演技向上を図り、ありのままの魅力的な自分で勝負する独特の演技コンセプトが好評を得ております。

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