凄い表題ですね‼
うさん臭さマシマシな表題(笑)
……でも今回は大真面目に書いてますので、最後までご覧いただければ、共感いただけると思います。
実はですね。
演劇ってヤバいんです。
ですからこのヤバさが分かれば、もっと演劇人口が増えると確信しているのですが、そうはならない。
何故かというと……それは今演劇をなさってる方も知らない方が多いからです(笑)
ですから、広まらない。
……と私は思っています。
でもヤバいんです(笑)
この、どうヤバいかを知ると、きっと皆さまもヤバいと思われると思いますが、かなり胡散臭い内容でもありますので、それに耐えられる方は最後までご覧いただければと思います(笑)
まず最初に、何故、表題に「夢を叶える方法」と記したかをご説明します。
この答えはズバリ、
演技練習は常に「なりたい人になる」練習をしているからです
これは、簡単に言うと自分の役が決まり、その役の人物をどのように演じるかを考える訳ですが、この時に、その役の人物に自分を近づけるのか、それともその役の人物を自分に近づけていくのかというアプローチで役作りをするのですね。
私の場合は、後述の「役の人物を自分に近づけるアプローチ」をしますので、それをまず前提でお聞きいただければと思います。
さて、この私のアプローチ。
役の人物を自分に近づけるという考えですが、何故そう考えるのか……?
それは、私の中には全てあるという考え方が元にあるからなのですね。
……何のこっちゃ!?(笑)
そう思われるかもしれませんが、もう少し聞いて下さいね。
これは実は私だけでなく、皆さま全てにあるという考え方です。
少し余談にはなりますが、人間のDNAはハードドライブと同じという科学者がいて、その科学者曰く、人間のDNAには135億年分のデータが保存されているというのです。
つまりこのことは何を指すのかというと宇宙が始まってから現在に至るまでの膨大な情報が保存されているということなのですね。
これすごくないですか?
このことをつい最近知り、私は、自分の中から探せば何か教えてもらえるのでないかということが今まであったので、それは上記のことがあるからかと、少し確信めいた感じでこの話に関心を持ったわけなのです。
私の場合は、それを以前、他力本願と考えていて、演技練習で自分の感覚にまで落とし込む反復練習をしている時(本願)、いつもふとアイデアが下りてきたわけですが、これは、他力、つまり阿弥陀如来のお力が働かれたからアイデアが降ってきたという解釈だったのです。
そういった今までの解釈が、近い未来、科学によって証明される日が来るのかもしれないと考えるだけで、なんだかとてもワクワクしているのです。
さて、話を戻します。
私が演技を考える時に役の人物を自分に近づけるということをお話ししましたが、これは、俳優養成講座でもお教えしている
役の人物を介して自分を表現する
という作業になります。
つまり、
飽くまでも表現するのは自分
ということ。
これは違う人になろうとして近づこうとしても決してその人物自体にはなれないという考え方で、お芝居をする時は、作品の中に今まさに生きているという表現をする場合は、自分以外の人間であってはならないという考え方があるからなのです。
つまり、自分を表現するわけですから、自分自身なのです。この時に
自分自身を表現するなら簡単
と思う人は甘い(笑)
演技をする上で、自分自身を納得させることは実は本当に難しいこと
なのです。
これはどういう意味かというと、仮に自分では理解できて納得した演技だったとします。
しかしそれは表面上の意識的な理解であって、無意識の部分で納得していない場合があるからなのです。
その無意識で納得した演技でなかった場合は、どうもセリフが上手く言えなかったり、上手く動作表現できなかったり、相手に相乗効果的な影響を及ぼせなかったり、観客の心に響かなかったりするのです。
もしここを理解していなければ、
例えば、セリフ表現の場合は、滑舌に問題があるとか、
発声に問題があるとかで強引に矯正を図ったり、
動作表現の場合は、もっと機敏に動けるようにとか、
ちょっと準備して次の動きに備えようとか、動作を機械的に変えるなど、
そのような表面的な部分で変えようとしてしまうと、これが不自然で大きな間違いのもとになるのです。
もしも不自然な表現で間違ったエネルギーを放出すれば、受け取る観客も間違ったエネルギーを受け取ることになるので、違和感を感じ、純粋に物語を楽しむことが出来なくなるのです。
根本的に自分が心の底から納得できていれば、そういうことをしなくても自然な表現になるもの。
ですから、自分に嘘があると真の演技が出来なくなるのです。
自分に嘘偽りなく自分が納得できるかどうかは、役の人物の動きを模倣、ないしは想像してその動作を試行錯誤し取捨選択をします。
そして、その中で採用した動作は意識的なレベルではなく、繰り返し繰り返し反復練習をして無意識のレベルにまで落とし込むのです。
そうすると
思っただけで動作する
という表現にまでなる。
この時に間違った動作を無意識のレベルにまで落とし込むことも当然あるのですが、その場合は、練習時や稽古時に常に違和感となって現れているので、それにいち早く気づき、別の動作を選択する。
こういった何度も何度も試行錯誤が必要になってくるのです。
ですが、自分の感覚を研ぎ澄ましている熟練の俳優ですとそこはすぐに違和感であることに早い段階で気がつきますので、すぐに違うものを出せますし、熟練の感覚は、大体は一発で納得できるものを持ってくることが出来ますので、演技練習というのは自分の感覚を研ぎ澄ます練習でもあると言えます。
ここまで話すと、内観ということを連想される方もいらっしゃるのではないでしょうか。
私たちは、自分の力を十分に熟知している訳ではなく、自分の中に果てしない可能性を秘めたものを持っていてそれを知ることから始まるように思います。
だから全て自分の中にあるという感覚なのです。
そのために様々な可能性を確かめる作業を日々演技練習で行っているのですね。
つまり、劇作品の中で生きることにより、演技者は観客に役の人物だと認知され、そこで初めて共感していただくようになるのです。
この時に初めて、
その登場人物になれた
ということになるのです。
こういった成功は、何にも代えがたい素晴らしい体験で、多くの俳優がこの経験をすることが理想であります。
このことを経験すると、自分の中に足りないものはなく、自分の中には全てあるような感覚になるのです。
夢を叶える方法も、実は全て自分の中にあり、自分と向き合うことでそれを引き出していくこと。
つまり上記のような手法で、役の人物を「理想の自分」に置き換えると、観客は自分にとって「自分の周りいる人」になるのですが、そういった周りの人たちが理想の人物だと認知して、そこで初めて理想の人物になれるという流れになるのです。
つまり願いが叶うということなる。
変なお話ですね(笑)
皆様もこれを実践していただけたら嬉しいです。
と言っても、実際に演技練習を知らなければ実践できないですよね(笑)
ですので、まずはご関心いただければという思いで、この記事を書かせていただきました。
もしもこのことで演技練習を知りたいという方は、お近くの劇団にお問合せいただければ、それが夢に向かう第一歩になるかと思います。
勿論、私のところでも大歓迎です。
このような行動は本当に大事です。
ただし、
身体動作から感情を誘発させる
というような内容の演技練習法を知っているところに限ります。
※本記事で演技練習法に触れております(後でご覧下さいね)
何故、上記の練習法が必要なのかと言いますと、それは、私たちの成功には行動が不可欠で、その行動に必要なのが普段の私たちの身体動作から全て始まっているからなのです。
身体動作によっては行動が大きく左右されてしまう場合もある。
まず何かを起こそうとする行動には、思考があり、その思考から感情が生まれ、その感情が行動へと促します。
その時に体を動かすことが伴います。
しかし、行動が道半ばで伴わなくなる人もいますよね。
寧ろ、そういう人の方が大半のように思います。
その原因は、ひとえに無意識のよるもの。
人間はホメオスタシスという恒常性が働いています。
自分が今の状態から変わろうとするのは、自分の習慣や居心地の良い空間を変えることに繋がりますので、そういう変化を人間の本能は物凄く嫌います。
もし今までの習慣や居心地の良い空間からはみ出そうとすると、強烈に元に戻そうとする本能的な力が働くのです。
無意識による行動はこのホメオスタシスのよるものが殆どですので、その行動をまず意識化する。
つまり無意識に考えていることに気がつくことが大切なのです。
どうやって気がつくかということですが、ここでめい想が効果を発揮します。
無の世界に入ろうとしても、人間はいつの間にか何かを考えてしまいます。この何かを考えていることにまず気がつくことが大切なのです。
これは、決して打ち砕こうとしないで下さいね。
ホメオスタシス、つまり恒常性が働き、より大きな煩悩となって現れるからです。
ですので、慰めるというか、そういうふうに思ってしまうのは仕方のないことだよねといったん受け止めて、でも、また無の世界に入りましょうとするのが良いのです。
つまり、思考に気がつくということが大事な目的なのです。
こうして、無意識に思考していることに気がつければ、その思考を止めるコントロールも自然に出来てくるわけです。
この思考を止め、自分が望む行動を実際に身体を動かして習慣化させる。
歩みを止めないことを心掛けるのです。
歩んでいけばドーパミンがでて、行動に拍車がかかる。
これを繰り返し繰り返し行えば、やがて不思議なことに段々と古い思考は消えていくようになります。
しかし、次々と新しい思考がまた出てきます。
ですが、実はこれはすごく良いことなのです。
これは自分の置かれている状況が変わっていっているからこそ、新しい煩悩が出るのですから。
ですので、めい想は、自分の信念がしっかりと働いているかどうかを知る一種の「秤」にもなるのです。
行動をベースにした思考は、まず自分がどうなりたいかという理想像から始めます。
そしてその理想像をより立体的なイメージを掴みます。
さらに、その理想像はどのように生きているのかを実際に体現するのです。
例えば、幸せな体現をするならば、幸せを感じた瞬間に思いを馳せるのです。
この時に身体動作から感情を誘発させる一つ。
『息』による身体動作を入れます。
自分が幸せを感じる瞬間をイメージできたならば、
そこで思いっきり息を吸うのです
そうすると、身体に取り入れた空気が肺を通り心臓に送り込まれて血管を通して全身に広がるような感覚を感じることになります。
身体全体が幸せに包まれるような感覚です。
この時、血が騒ぐようなゾワゾワした感じが全体に広がるので、私はゾワゾワ感と言っています(笑)
この感覚がある時に、幸せなエネルギーが波動となって、周りに広がり、その波動に同調するモノだけが共振し、共鳴する。
その共鳴したもの同士が、さらなるエネルギーを生み、空間全体が幸せな状態になるのではないでしょうか。
流れはこういう感じですが、一番大切なのは自分の今の心の状態を知ること。
ですので、自分の状態を知る『めい想』がなによりも大切で、演技指導する上でも強く推し進めています。
めい想で浮かび上がってきた煩悩に気がつくことは、とても大切で、何故大切かというと、その煩悩には表と裏があることも知ることが出来るからです。
煩わしいことの表を見るだけだと嫌だなと思いますが、その煩悩が出てきた裏をみれば、実はそこに成功の種があるのかもしれないのです。
ですので、その煩悩をどんと待ち構えて、その裏側を見つめて下さい。
どうしてこの思考が、今私の頭の中に浮かんでいるのか?
その背景には何があるのだろうか?
こういう風に浮かんでくる思考を俯瞰してみる。
役者の演技プランの考え方は当にこの考え方なのです。
役の人物の行動の裏にはどういう意味があるのか?
そうやって紐解けていけばより立体的なビジョンが見えます。
物事を立体的に見ることは、臨場感を出すための感情を起こす動作もイメージしやすくなります。
この動作を意識して何回も反復練習をすれば自然と感情が湧き起る。
そしてそれが目的に向かった行動へと繋がるのです。
さらに、この目的に向かった行動による体の身体動作から、体の中のDNAにある記憶を呼び起こす。
そうして、DNAの記憶が更なる意識変化を起こして、やがて次々と煩悩は新しいものへと変化する。
つまり不思議でも何でもないのです。
こういった取り留めのない話はまとめるのがとても大変ですね(笑)
何故なら、この話をすれば、あの話もいるな。
その前にこんな話もいるなと次々と出てくるからです。
ですがここでも裏を返しますが、それだけ、このことについては、全てが繋がっているからとも言えるわけです。
ですから、信じて行動することが何よりですが、如何でしょうか(笑)
ここまで話すと思うに……これは何も演劇に限った話ではないかもしれませんね。
もしかしたら、色々なご職業にもあてはまるものかもしれません。
もしそうであるならば、この考えを参考にしていただければと願います。
そう考えると、夢を叶える人がたくさん増えるのではないかとワクワクします。
そうなることを夢見て。
さいとうつかさ
劇団ブルア 代表
劇団道化座に13年間所属し、日本各地、海外公演に数多く出演。道化座退団後はフリーで演出・俳優活動を行う。「社会に寄り添う演劇」を掲げ、2019年に劇団ブルアを設立。同劇団代表を務める。現在の演劇活動として、演出業、俳優業だけではなく、関西各地で演劇のワークショップで演技指導も行う。出演回数は400ステージを超え、実践的な演技指導が持ち味。またスタニスラフスキーシステムを独自にアレンジしたブルアメゾッドを作り、「身体動作から感情を誘発させる」演技術を展開し、リアリティーのある演技を追究。「役の人物を介して自分を表現する」「自己探求」などを念頭に演技向上を図り、ありのままの魅力的な自分で勝負する独特の演技コンセプトが好評を得ております。さらに、自身のBlog『さいとうつかさの演技力会話力Blog』は1000万PVを超え、多くの方々から支持を得ております。