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不思議な話を今からしますが、プロの舞台の現場では「表現をしようとするな」とよく言われます。おかしく感じられる人も多いのではないでしょうか。表現するために舞台に上がっているのに「表現するな」とはどういうこと???

今回はこの話をさせていただきます。この「表現しようとするな」という話。「芝居をするな」と言い換えることもあります。同じ意味合いで捉えても良いでしょう。役者というのは、普通の商品の売り込みとは少し違って、

役者は、売りものである自分自身も、そして、その売りものである自分自身を売ろうとする人も同一人物

なのです。つまり、自分自身で売り込んでいることを舞台でしています。

しかし、舞台で売り込もうとする役の人物である自分自身は、役の人物の動機で生きなければなりません。

だけれども、役者はどうしても力が入ってしまうとつい「ここ重要ですよ!」っていう表現が出てしまうことがあるのです。これは役の人物ではありません。役者である自分自身の動機です。

つまり、舞台上で自分自身の動機を見せると、物語の世界に違和感が生まれてしまうのです。こういう時に「表現しようとするな」であったり、「芝居しようとするな」って演出の先生や先輩方に言われるのです。こういうと分かりやすいでしょ。

つまり、役者が舞台に上がると、「役者である自分自身の動機」と「自分の役の人物の動機」と二つの動機が現れる可能性があるのです。当然ですが、物語は役の人物の自分として生きている訳ですから、役者であるあなたは役の人物の動機で生きなければなりません。

役者の表現は役の人物の「感情」を表現するのではなく『動機』を表現すること

役者は、役者である自分を表現するのではなく役の人物である自分を表現すること。当たり前ですが原則はこうです。

では次に役の人物である自分を表現するためにはどうすれば良いのかという話になりますよね。

そこで、この話になるのです。役者は、役の人物の「感情」ではなく『動機』を表現しろということです。これはどういうことか。

まずはこの「感情」と『動機』のご説明しなければなりませんね。「感情」というのは本能的な部分です。一方、『動機』というのは理性的な部分です。こういう風にまず理解してみてください。

感情というのは本能的(自然)な部分ですので、自分で直接コントロールすることは難しいのですね。何故なら、感情というものは、自然と湧き上がってくるものだからです。

ですから「感情」をコントロールするには、その湧き上がった感情を『動機』という理性的(人為)で抑えるということで、はじめてコントロールするのですがそれでも抑え込めない感情もあるでしょう。

何れにしても、感情というものは直接コントロールできないのです。本能的な部分は基本的にそうですよね。心臓止めてと言われても自分の意思で止めることは出来ません。

ですから、感情を表現しようとするには実は一手間必要となることがお分かりいただけたのではないでしょうか。

もしも、感情をそのまま出そうと表現してしまうと、リアリティーのある演技ではなくなるのです。

実は、それだけではありません。感情を出そうとすることは、実は『役の人物』ではなく「役者である自分自身」の動機が出てしまっているということにも繋がっているのです。

感情が湧き上がらないから出そうとする

演技者は、感情を自在にコントロールできる技術者です。

あれって?思われるかもしれませんね。そうです。先ほどは感情は本能的な部分なのでコントロールできないと言いました。

では、なぜ自在にコントロールできると申し上げたのか。

この問いの答えは、これから演技者の道に入ろうとする人が知らなければならないことなのです。

ですが、今の日本の演劇の世界ではこの事を知っている役者はあまりおられません。プロの世界でもそうなのです。

しかし、海外では、そんなことはありません。それは、演劇という芸術が、日本と海外では大きく見方が違っているのが主な原因です。私もそれほど知っている訳ではありませんが、海外の演劇と、日本の演劇は違います。ここではこの説明は省きますが、演劇に対する意識の差は凄くあるのです。

そしてこの感情が湧き上がることについても、実は今から100年前に既にロシアで言われていて、そういう方々の本をお読みになることは本当に大事だとは思うのですが、そのような本があること自体、知っている人は日本では少ないのです。それだけ、「役者はすぐにできるという風に思っている」演劇人が多いのかもしれません。今の演劇の世界がそれを物語っているのかもしれません。

さて、話は戻りますが今から演技者を目指す人が知らなければならないことをお話しします。

感情自体はコントロールできないけれど、感情を誘発させる方法があるということです。

つまり喜怒哀楽の感情全てを誘発させる演技法があるということなのです。

今から申し上げる演技法は私のオリジナルですが、色々な本を拝読して、そのアイデアを実践経験で試した方法ですので、かなり精度が高いものだと自負しております。

この演技法を、講座、教室、または公演の稽古時など、様々なところでこの演技法をお教えしていますが、この演技法はかなり驚かれます。何故なら、すごく効くからです(笑)

本当にそういう感情になる。涙が止まらなくなるというのはざらで、教えてもらった当事者は魔法にかかったような状態になります。

この状態になると、感情を出そうとしなくても自然に出てくるので、自然とその感情を抑え込もうとする動機が連動するのです。

この一連の話は何が言いたいのかというと、感情が湧き上がらなければ、出すしか方法がないので、やむを得ず感情を出そうとしてしまうということです。

感情が湧き上がらなければ、そもそもダメって話なのです。

だから、この感情を誘発させる演技法を手に入れなければならないのです。そうでなければ、感情を出すしか方法がなくなり、その表現では、役の人物の心境に成りきれていないから、感情を出してしまっているというのがバレてしまうのです。

何故バレるのか?

それは、感情というのは本能からくる無意識の部分だからです。無意識というのは無意識に伝わりやすいのです。人はいつも何かを感じ取っている。それは対象となる人の無意識の動機をしっかりと感じ取っているからなのです。

何故、伝わるのかという説明は、またの機会に説明しますが、簡単に言うと、目で見る情報は、取りに行くというちょっとした動作が働いています。そして、自分から取りに行った情報は誰しも大切にしたいものです。ですから、無意識に伝わる動作を正確には認識していませんが、「おそらくこうではないか」という視点で意図的に見ることに繋がるのですね。そして、その動きの前後も注視することに繋がり、その一つひとつの情報から真相という精度をあげていくことに繋げていくからです。だから伝わりやすいのです。

つまり推測している時の方が、情報を取りに行くことにも繋がるので、説明的なモノを見せられるよりも遥かに伝わりやすくなるのです。そして、感情を出すと表現を見ると、観ている人はこう感じるのです。「ああ、この人今こういう感情なのだな」と、ただそれだけ。

伝える表現には、有難味はなく、むしろ退屈にさえ感じてしまうのです。行き過ぎると不快に感じる人もいる。

例えば、あなたがどこかのお店でぶらっと立ち寄った際に、お店の人に商品の機能の説明を必死に説明を受けけたとします。そうするとあなたは、お店の人の商品の説明よりも、この人よっぽど私に買ってもらいたいんだなと感じることもあるのではないでしょうか。つまり売りたいという動機がありありと伝わる。そういうことなのですね。言葉は如何ほどにも変えられるのですが、動機はなかなか隠し通せないのです。

身体動作から感情を誘発させる演技法

演技者になるならば、この演技法は是非学ばなければなりません。それが、この身体動作から感情を誘発させるという演技法です。

つまり動作がトリガーになって感情が自然に湧き上がってきますという素晴らしい技術があるのです。

このような動作は、数えきれないほどたくさんあるのですが、演技者はそれを一つひとつ体感しているので、その動きをするだけで感情が自然と湧き上がるようになるのです。

ここが凄く驚かれるところです。例えば、状況を説明して、ここでこのような動作をしてみて下さいと教えるだけで、それを実際にやるとびっくりするほど、感情が湧き上がるのです。

これをよく「さいとうマジック」と言われるのですが、これはしっかりとここでもネタをばらしていますが、そういう特定の感情を誘発させる動作スイッチがあるということなのです。

これは本当に効きます。特効薬みたいなものなのです。

なぜそこまで言えるかというと、この動作スイッチを常用すると、段々効かなくなるからです(笑)

特効薬ってそうですよね。最初は強烈に効くんです。ですが、何回も飲んでいく内に段々と効きが悪くなるのです。

この話が出来るというところが実践で培った強みでもあるのですが、この動作を教え込むのを「やっつけ稽古」ていうのです。

上手いこと言ってるでしょ。やっつけですからとりあえず形にという演技ですので、一時的にしか作用しないのです。

ですが、身体動作から感情を誘発させる演技を練習したことがないと、稽古の時では既にもう間に合わないので、こうした「やっつけ稽古」をして演技を覚えてもらうこともするのです。

とは言っても、このやっつけ稽古も相当技量のいるものですので、信頼できる役者にしか出来ない方法であるのも事実です。それと、もう一つは、特効薬ではあるが、すぐに効き目がなくなるので、本番直前の稽古にしか、このやっつけ稽古は出来ないのです。ですから、役者にとっては結構スリリングな体験になるかと思います。

これではいけませんので、ここから、この演技をどのようにして自分の体に叩きこむかという練習がいるのですね。

演技を科学的に磨き上げる

さて、いよいよ最後の話です。ここが演技者で一番大切なことです。

どんなに素晴らしい知識があっても、これなしでは演技は確立されません。そういう話です。

演技というのは、常に科学的に考えて身につけるということです。

演劇というと文学的なイメージを持たれる方が多いのかなと思いますが、それはご覧になられる観客の皆様の場合です。私たち演技者は、科学的に演技を構築しなければならないのです。

科学というのは、「実証性」「再現性」「客観性」とこの全ての性質から得た答えが求められるのです。

文学的にとなると1+1=2だけではないと言われますが、科学的に言えば、1+1=は絶対に2なのですね。

つまり、実際にやってみて(実証性)、それを何回も試しても答えが同じで(再現性)、そして最後に誰が見ても同じ答え(客観性)であるということ。つまり、表現するとみんなが同じものが伝わるというところにまで持っていかなければならないということです。

私はこう表現しましたが、人の捉え方は様々ですからというような考えではいけません。それは技でも何でもないからです。

「自分の表現で、お客様がどのようにお感じになられるかまで責任を持つ」

これでなければ演技とはならないのです。こうした考えで演技に取り組むことをまず念頭に置いて欲しいのです。

その上でこの話をします。

演技というのは、体育的に作り上げることが何より大切だということです。つまり身体に叩きこむ練習がいるということです。

演技で一番大切なのが反復練習です。この反復練習で、先ほどの動作スイッチを体に叩きこませるのです。

先ほども申し上げましたが、感情のスイッチとなる動作は即効性があり、すぐに感情が誘発されるのですが、持続性がないのです。

それは何故かというと、自分の中で、感情が作動するシステムが構築されていないからです。

では、なぜシステムが出来ていない状態で、先ほどの例でも示した感情が誘発されたのか?

それは、無意識に作動していたからなのです。感情の動作スイッチを初めて使うと本当に誘発されるのでびっくりします。

この衝撃が凄ければ、次も使えばまた同じように出来ると思われるかもしれませんが、そうは問屋が卸さないのです。

これは最初の方でお話した、『無意識は無意識に伝わる』で、このスイッチを意識的に使うことになれば、もう誘発された感覚は段々と薄れてきて、最後には全くこの感情のスイッチでは感情が誘発されなくなるということになるのです。面白いでしょ。

ですから、ここが今回の最大の情報になるのですが、この感情のスイッチを獲得するには、「こういう手順で作ること」というのがあるのです。

それをここでこっそり教えます。

いつも有料級の情報と言ってますが、今回はさらに上をいく有料級な情報です。

それは、『無意識の動作を意識化して、その動作を再び無意識化させる』ということです。

なんともまどろっこしい言い方ですよね。他にこれ以上の言い方が見つからないのです。

ですが、ここまで解説しているということは、本当に実践でやってきたことですので、これを自信を持ってお教えしています。

ではこれの説明をします。先ほど、感情の動作スイッチは多用すると効かなくなるといました。それは確かです。

ですが、この感情の動作スイッチを何度も反復練習をしていくと、自分から何か微細な情報が降りてくるのです、

そうして、その情報を頼りに身体を任せて反復練習をすると、その動作から本当に感情が湧き上がる感覚が芽生えるのです。この一連の流れが先ほどの『無意識の動作を意識化して、その動作を再び無意識化させる』なのです。

無意識の動作というのが、感情のスイッチになる動作です。

それを意識化するというのは、こういう動きをすると本当に感情が湧き上がるのかということを意識して何回も練習する。これが意識化ですね。

そうして、この反復練習を重ねると、自然とその動きが自分の体に身につくようになる。この時に、今まで動作を動かす意識になっていたのが、自動的に動けるようになってくる。これが再び無意識化させるということ。

そうすると今までの意識とはまた別のところに意識が向き、その意識の向きがひとりでに感情と結び付けてくれる情報を自分の頭の中に落とし込んでくれて、その情報とこの無意識の動作が結びつき、感情のシステムが構築されるという方法なのです。

私はこうして演技を自分の中から教わったのです。演技の答えは台本にはない、自分の心の中にあるというのは台本の読み方だけではなく、こうした実技にもしっかりと反映されているのです。

自分から教わる演技というのは物凄いことで、自分の演技により自信が増すのです。これは「役の人物を介して自分を表現する」という演技法にも通じていて、かなり本質に近づいた演技法なのではないかと。

ですが最後にもっともの凄いことを言うと、この身体動作から感情を誘発させる演技法は自分だけに行く効果ではないのです。

周りにいる人全ての人に効く演技法なのです。つまり、自分だけではなく共演者や、観客にもしっかりと感情が誘発される演技法なのです。

これはもう表現するという域を完全に超えています。

つまり、この演技法は周りとの波長を合わせることが出来るもの凄いエネルギーを生む装置なのです。

このエネルギーを私たちの稽古でお感じになられた方は多いはず。舞台作品がまるで大きな生き物のようになって、私たちはその細胞の一つひとつになったような感覚になるのです。共に運命を分かち合い、共に期待する、そして共に感動を分かち合う共同体になるのです。

本当はこういう話はここでは書きたくなかった。めっちゃ変な人だと思われるからです。

ですが、「演劇って実はもの凄いんですよ!」って叫びたいくらいに訴えたいのです。

演劇をしている人に響かなくても良い。こういうことを書くと同業者に嫌われるのは宿命ですから、それは仕方がないと思います。

ですがそれでも叫ばしてください。(自分のBlog内ですからご勘弁ください)

演劇ってもの凄いんだ!

っていうことを。

この事に共感いただけましたら幸いです。もしも賛同していただけるのでしたら、この記事を拡散していただけましたら幸いです。全く違った業種の方でも、この情報がお役に立てれば幸いです。

もっと詳しい話が聞きたいという方がもしもおられましたら、Xでもこの記事を載せますのでそこにリプしていだだきましたらと思います。