お客様に想像していただける演技をすると、

「あっという間に時間が過ぎた!」

というご感想を頂けるようになります。

このご感想はとても有り難いことで、

作品の中に入っていただけたという証なのですね。

一方、長く感じるお芝居も当然ありまして、

「早く終わらないかな……」

という感じでしょうか(笑)

今回は、この短く感じるのと長く感じるのはどうしてそうなるのかというお話をさせて頂きます。

話が長く感じてしまう理由

これは普段の会話でもそうなのですが、

例えば相手の話している内容が話の途中で理解できると、最後まで話は聞かなくなります。もっと言うと、途中で話の内容が分かったのに、最後まで話を聞かないといけない状況になっているので、

話し終わるまで待つ

ということをしているのですね。

待っていると時間が長く感じるものです。

5分待っただけでも

まだかな……

となりますよね。

このように、お芝居でも、話の展開が途中で分かってしまうと、それから先の俳優の演技が空々しく感じてしまうのです。

では、どうして話の展開が途中で分かってしまうのかということですが、これは俳優の間違った演技によるものが原因なのです。

間違った演技とは……?

実はこの間違いは結構よくやりがちなもので、このことを肝に銘じておかないとどうしてもそのように陥ってしまうものなのです。

ですので、このことをまず俳優は頭に入れておかないといけないということがあります。

それは、

俳優は一度台本を読んでしまうと失うものがある

ということです。

何を失うのか?

それは、

新鮮さ

を失うのです。

この新鮮さを失うとどういうことになるのかというと、

普通に考えて、有り得ないことでも有り得るような演技をしてしまうということなのです。

例えば、自分の台詞があります。普段の私たちは用意された台詞なんてありませんよね。

言葉を発するのは、その時その時で生まれるものです。

しかしお芝居は既に用意された言葉がありますので、当然それを話さないといけないのですが、この時に間違いが起こってしまうのです。

例えば、自分の台詞が5行あったとします。少し長いセルフになるのですが、この時によくやる過ちが、

5行ある前提で話し方の組み立てをしてしまう

ということです。

普段の私たちの会話は自分が話をする時、自分の話は常に聞いてもらえるかどうか分からない前提で話を続けるものです。

しかし、5行ある台詞だとなってしまうと、5行あるのが当然だというような話の組み立てをして、相手の聞き手側も台詞は5行後に自分の台詞が来るのが当然だとして、自分も相手も5行の台詞があるという前提で会話を組み立ててしまうのです。

つまり、

5行話すのが当然で、5行聞くのが当然というお芝居になってしまっているのです。

こういう演技をすると、観ている方は当然違和感が出てきます。リアリティのない会話に見えてしまっているからです。

そして、5行ある台詞だと演じている演技は、話の展開が読みやすくなるので、こういう風に言うと次はこういう風に言うんだろうなというのがなんとなく見えてくるのです。

そうなると、理解した時点で、その後は話し終わるまでは待ち時間となってしまって結局長い芝居だと感じてしまうわけなのです。

ですので、5行ある台詞でも、1行1行相手の反応を伺いながら言葉を選んで瞬時に話しかけているという本来の新鮮さでもって話をすれば、観ているお客様も次に何を話すのだろうと想像してみることが出来るようになるのです。

用意した演技をするとその用意したという俳優の動機が見えてしまうのです。

用意した演技というのは、ここはこういう風に言う。ここは高く言う。ここはゆっくり言う。ここは強く言う。といった俳優がコントロールしようとしたものが全部無意識に伝わってしまっているのですね。

おそらく、俳優側の心理で言うと、こうした方が分かりやすいとか、それらしいとかあると思うのですが、そういう意図的なモノが見えてしまうと、かえってお客様は受け取りにくいということがあるのです。

どうして受け取り難いかというと、役の人物の動機ではなくて俳優のこういう風に見て下さいというお願い(動機)が見えてくるからです。

お金払って観に行ってるのにそこでお願いされるって…どうよ(笑)

お客様は、自由に見たいものです(笑)

ここでもうお分かりだと思うのですが、そういう演技をされると

お客様は想像の余地がなくなってしまう

のですね。

このような演技を見るとお客様は黙って演技を見なければいけない時間を強要されるのです。

これほど長く感じるお芝居はありません。

ですので、お客様に想像していただけるような演技をお見せしないといけません。

どうしたら想像していただける演技になるのか??

それは、方向性が見えない分かり難い演技の方が良いということなのです。

つまり、抑揚をつけて話をするよりも、

色を付けないで話した方が分かり難くて逆に良いのです

棒読みでも良いくらいに(笑)

台詞はその言葉自体に十分お客様に伝わる情報が備わっています。

そこに余計な色を付けるということは、逆に虚飾に見えてしまうのです。

本心でそう思ってるんだったら、飾る必要はありません。

自分はそう思ってるという深い自信のある演技の方が説得力があるのです。

その説得力の裏に、

どうしてこういう風に言ってるのだろう?

とか

どうしてそう動いているのだろう?

というような何故を作っていれば、お客様から知ろうという気になってくださいます。

お客様から理解しようとするから「伝わる芝居」となるのです。

演技というのは、表現するというだけでは心に響きません。

演技というのは、まずお客様の心を開いていただくことをしないといけないのです。

そのためには一つ一つの臨場感のある演技をしてそれをお客様が繋ぎ合わせると一つの表現が見えてくる。

そういうものでなければお客様の心は開いてはいただけないのです。

台詞で説明するという表現は安直なものになりやすく、また作者の考えた言葉の力を見誤ることにも繋がります。

台詞は元々、言葉を発するだけで力があるものです。そしてその言葉はお客様が汲み取るものです。

そこに方向性を持たせてはいけません。

台詞を如何に臨場感のあるものにするのかを考えれば、先ほどの5行というセリフの概念は実はなくなるのです。

話していたら、それがたまたま5行分の台詞になってしまったといった感じでしょうか。

そういうセリフの組み立てをしなければ、お客様に想像していただけなくなるのです。

私たちは一枚ずつ臨場感のある演技レイヤーを作っています。その演技レイヤーを重ねてみるのはお客様で、私たちが重ねるものではありません。

重ねてみるのがお客様の楽しみになるのです。

そのレイヤーが何層も何層もあれば深みのある人物が浮かび上がってきます。

今、目の前にいる人間がどういう人物なのかそれがお客様の想像の中で生きるのです。

お客様は想像している間に話が展開していくので、話を追いかけるという感じになります。

こうなれば、芝居が終わった時、

「あっという間だったな!」となるわけです。

それがとっても面白いから何層も想像して重ねたものを見てもらいたいのです。

私たち俳優は、そういう演技レイヤーを何層も何層も作ることが本来のやるべきことで

それを繋ぎ合わせるとどうなるかを計算するのが演技プランというわけなのです。

私たち俳優は自分の表現をお客様がどう思っていただくかまで責任を持つ

とは、こういう意味なのですね。

最後までご覧いただきましてありがとうございました。

劇団道化座に13年間所属し、日本各地、海外公演に数多く出演。道化座退団後はフリーで演出・俳優活動を行う。「社会に寄り添う演劇」を掲げ、2019年に劇団ブルアを設立。同劇団代表を務める。現在の演劇活動として、演出業、俳優業だけではなく、関西各地で演劇のワークショップで演技指導も行う。出演回数は400ステージを超え、実践的な演技指導が持ち味。またスタニスラフスキーシステムを独自にアレンジしたブルアメゾッドを作り、「身体動作から感情を誘発させる」演技術を展開し、リアリティーのある演技を追究。「役の人物を介して自分を表現する」「自己探求」などを念頭に演技向上を図り、ありのままの魅力的な自分で勝負する独特の演技コンセプトが好評を得ております。

LINEで送る
Pocket
このエントリーを Google ブックマーク に追加
LinkedIn にシェア

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です