
俳優養成講座でよく話題にするのが劇という字についてです。
この『劇』という言葉は、私たちの中では「著しく変化する」という意味で捉えてまして、この変化する様を演じることが演劇であると説いています。
この劇という言葉。お客様にお見せする演技プランでもよく出てきますが、表現する時にもよく使うのです。
動作の時にでも使う演劇のセオリー
例えば、止まってる芝居を見せたいのであれば、その前は動いておくこと。動くことで次の本当に見せたい「止まっている部分」を際立たせること。これを演劇のセオリーと言います。
戦略的に観客にどうお見せするかという演劇のセオリー
一般的に劇的セオリーと言うと、ハッピーエンドならクライマックスより前は必ずアンハッピーにしておくことが演劇的セオリーと言われるのですが、このような考えで至るところでお芝居を作ることも本当に大切なのです。
感情の誘発させる時に使う演劇のセオリー
さらに、心情を表す時にもこの劇的セオリーがあります。人間は感情が湧き上がる時に、その感情を必死に抑え込もうとすることがあります。この抑え込むというのは実は感情のスイッチになりやすく、抵抗があればあるほど、感情は爆発的に誘発されやすくなるのです。例えば、哀の表現で説明すると、悲しくて涙が出そうなそういう感覚の時、泣くまいとして、敢えて笑い飛ばすような感じに振舞うと、悲しみの涙はより一層溢れ出てくるものなのです。
こういう風に、この劇的セオリーを利用して、本来の感情と真逆の動機で振舞えば、感情が置き去りとなり、後で大きな波が押し寄せるといったことがあるのです。悲しいからと言って悲しいという感じで待ち構えると、意外に悲しい気持ちは湧き上がらないものです。悲しいけれど、明るく振る舞う。そうすると、その虚しさが感じとられ、意地を張れば張るほど、自然と感情が生まれてくるものなのです。不思議な話ですよね。
裏と表、光と影で表現に立体感を観客に持っていただく
こうして、表現をすることって、表と裏の表現をしていけば、人間は自ずと、その表現を感じ取ることが出来るようになり、情動が働きやすくなるということが、私の経験上で見えたことなのです。
ですがこれは、実践的にやらなければ、分からないことだと思います。
何故なら、演者の多くが2次元的な芝居をしているからです。私たちは、3次元に生きながらも。目の前のビジョンは2次元で感じている。だから、そこにもう一つの感覚がなければ、立体感として感じられないのです。
例えば、目の前に四角があるとします。目の位置を変えずに見ていると、その形は四角でしかない。ですが、ここに横から光を当ててみるとどうなるでしょう。そうすると、目の前の四角は物によりますが立体物なのだなということが初めてわかるのです。例えば、四角だと思っていたものが、実は円柱形の立体物であると認識することもあるでしょう。
つまりそれひとつでは表現できないですが、色々な環境や人物で自分の役としての立体感が浮き上がってくるのです。ですが、自分のセリフを心情だけにフォーカスするあまり、台本に書いてある通りの動きでしか考えられない演者は少なくありません。表面でしかとらえていないところに2次元的な芝居と感じるのです。
立体感が出ると臨場感が生まれる
立体感というのは、想像物と同じです。つまり、一つの情報と一つの情報を組み合わせた情報で、目の前の四角を見ているに過ぎないのです。そして、その四角に横から光を当てると、影の付き方で円柱であったり、何角形かの柱であったりと見えるのです。そして、影の付き方で、おそらく円柱であろう、楕円柱であろうと想像するのですが、実際にその柱がどんな形をしているのかと言えば、真上から見ないと分からないのですね。だから、視覚で言えば、2次元で見て、その想像の範疇で目の前は何々であると判断しているに過ぎないのです。
そしてここからが重要なのですが、物が立体的に見えると臨場感が出てくるのです。つまり自分が今まさにその場にいるという感覚になるのです。何故そうなるかというと、四角だと判断している時は、極めて冷静に物を見ていて、その四角から何か思いを馳せるということはあまりありません。つまりきわめて抽象的だということです。四角に対しての思い入れというのはあまりありませんよね。ですが、ここに円柱という概念が現れました。
そうすると、先ほどの四角よりも、イメージがしやすい物が出てくるのではないでしょうか。空き缶とか、印鑑とか、バームクーヘンとか色々ありますよね。
このように抽象的なモノから具体的なモノにしていくと、段々と想像物が増え、そうしてその想像物から色々な感情や思い入れが生まれるのです。こういう風に想像していくと、人は自然と臨場感を感じるようになる。
つまり、お客様に想像していただくことで臨場感を作るのです。
演劇の醍醐味は人間最大のエネルギーを生む浄化作用(カタルシス)
観客の皆さまは臨場感が生まれると、今まさにここに居るという感覚になります。客席に座っているのは百も承知なのに、まるで舞台の世界の中にいる。こういう感覚になると、おかしなことが起き出します。
それは時間という概念がなくなるということです。本来は有り得ませんよね。1分はどこに居ても1分ではないでしょうか。ですが、現実世界で物凄く短く感じるということは、私たちの固定観念を揺るがす出来事ではないでしょうか。つまり現実世界を生きながらにして、別世界に足を踏み入れているということ。
これはつまり、私たちは色んな世界に足を踏み入れることが出来るということを証明しているのです。まぁ、これ以上話がそれては本末転倒ですので、この話はここまでにしますが、臨場感ってもの凄く現実を変える力があるのですね。
話は戻りますが、もしも、2時間の芝居があっという間だったというお芝居であったならば臨場感を味わっていただいた素敵な作品と言えるのですね。
さらに言うと、臨場感がある舞台になると、お客様は舞台から伝わるという概念ではもう観ていないのです。お客様は舞台作品の結末を作り手と一緒になって舞台の作品を見守るという感覚になるのです。
つまり、お客様が舞台の作品を育てているという感覚になっているのです。こういう舞台になると、愛着が湧くようになるのです。人は愛情を感じることが一番の仕合せだと感じますよね。劇場の中で、みんなが一つの作品を育めば愛情を感じ、物凄い一体感が生まれ、浄化されるのです。
浄化は物凄いパワーを引き起こします。というよりも、本来の人間の力に立ち返るというようなことでしょうか。私たち人間は実はもの凄い力を持っているのですが、その強大な力が発揮できていないということが起きているのだと思うのです。その、本来の力を呼び覚ますのが浄化なのです。このことがあまり知られていないことがもの凄く残念ですが、こうした目に見えない力は、物凄い幸福感を覚えるので、このあたりは是非知っていただけたらなと思います。
というように色々と話は脱線しましたが、演劇を作る上でこの演劇的セオリーをしっかりと踏めば、面白い作品になることは間違いありません。そして、こういう作り方を毎回していけば、最後に申し上げたこの浄化作用こそがもの凄いことであるということがお気づきになられることだと思います。
演劇セオリーから見れば、物凄い世界が見えてくることでしょう。

さいとうつかさ
劇団ブルア 代表
劇団道化座に13年間所属し、日本各地、海外公演に数多く出演。道化座退団後はフリーで演出・俳優活動を行う。「社会に寄り添う演劇」を掲げ、2019年に劇団ブルアを設立。同劇団代表を務める。現在の演劇活動として、演出業、俳優業だけではなく、関西各地で演劇のワークショップで演技指導も行う。出演回数は400ステージを超え、実践的な演技指導が持ち味。またスタニスラフスキーシステムを独自にアレンジしたブルアメゾッドを作り、「身体動作から感情を誘発させる」演技術を展開し、リアリティーのある演技を追究。「役の人物を介して自分を表現する」「自己探求」などを念頭に演技向上を図り、ありのままの魅力的な自分で勝負する独特の演技コンセプトが好評を得ております。
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